THE KNOT SAPPORO Magazine -Issue 01-3

Sep 22, 2020

THE KNOT SAPPORO Magazine -Issue 01-3

Mountain is

ヤマに導かれ、ヤマを仕事のフィールドとする。
足立成亮と陣内雄は、フリーランスのキコリ。
いま2人は札幌にあるヤマで、黙々と道をつくり続けている。
ヤマと人とをつなぎ、互いの境界をつくり出すのが道。
この道をキーワードとして、彼らがヤマに向ける眼差しに迫る


Text by Michiko Kurushima
Photo by Ikuya Sasaki

003 Cross Talk

ヤマとは何か?

早朝からヤマに入り、夕方前にはヤマを下りる。
仕事を終えた2人にさらにじっくり話を聞いた。
ともにフリーランスのキコリとして活動し、
札幌南高等学校林の道づくりのように
プロジェクトごとにチームで作業を行ってきた2人。
その関係性にスポットを当てていこう。


Q 相手はどんな存在ですか?

Adachi:
大先輩であり、仕事の仲間・パートナー。家族・親類縁者ではないが、ファミリー感を感じている。そしてちょびっとだけ、ライバルとして見ているところもあるかも。

Jinnouchi:
10年前は「自分が設立した森林NPOとして独立を支援すべき若者」だった。いまは自分の足りないところをフォローしてくれる相棒。自分が死んだあとも現場を次の世代のメンバーに引き継いで、理想の林業を形にしてくれる人間。

Q フリーランスでありつつ、一緒に仕事をする理由は?

Adachi:
ライブ感を優先したいから。形を決めるより、その状況に応じて自由に動く方が、より自分たちにとって魅力ある仕事をつくれるのでは、という考えです。

Jinnouchi:
いろんな現場があり、それぞれこなす場合とチームでやるほうが効率いい場合があり、フリーで現場ごとに対応するほうが合理的。お互い気が乗らない仕事は受けない。もういまさら、いい森づくりにつながらない仕事をしても意味がないし。少しでもいい方向に変えていきたい。

Q 新型コロナウイルス感染拡大の状況をどのように捉えていますか?

Adachi:
大きすぎてわからないことがあるというのが正直なところ。邪推をすればキリがないし、受け入れてしまえば、自然災害と同じようにフラットに捉えることもできる。自然界とは、想像を絶するほどの長いタイムスパンの中で起こりうる問題が、自然調和の中であたかも「問題なく」解決されてゆく世界であると捉えていて、地球という存在そのものが自然現象である以上、また、人間が自然界が産んだいち生物である以上、放射能やヒト由来の環境破壊、コロナによる人間界の打撃、飛躍してスマートフォンのシステムアップデートすら、自然現象の一部でしかないのかな、とも考えます。この先もいろいろな問題が人間に降りかかりますが、人間以外の住人の方が多いこの地球上において、ただのいち生物としてはコロナについては特に何も感じない、というのが正直な考えです。ただ、人間社会で生きる存在としての視点からすると、これは試練であるとも考えます。自ら考え行動し、自分たちとその周りが健全に生き残ることのできる最良の方法を、より真面目に探さなきゃいけないのだな、という意識を自分ごととして持つきっかけにもなっているのかな、と。そういう意味では、犠牲になった人には申し訳ないが、ベストタイミングな渦でもあるのかと感じざるを得ないところもあり……。

Jinnouchi:
仕事からコロナを見ても特に何も感じない。大昔から共生してきた人とウィルスの関係。ただそれだけ。自分の家族が死んだら情緒的な問題はあるけど……。人間社会の問題がはっきり見えたよね。

Q ヤマとはなんですか?

Adachi:
「現場」です。

Jinnouchi:
ヤマはヤマだよね。説明になってないなあ。ヤマに暮らしたらわかると思うけど……。


つねに有機的に変化する、2人の関係性

道づくりの作業が終るとき、足立さんが「カーブがもっとこうだったら格好良かったと思う」としきりに陣内さんに話していた。ウンウンと大きく頷く陣内さんは、10年前に独立しようとする足立さんをバックアップしてきた大先輩。しかも、今回の現場となった学校林を所有する一般財団法人の理事であり、いわば仕事の発注者の一人ともいえる存在だ。
 「でも、現場の親方はアダッチ(足立さん)。だって道づくりの技術は到達できないレベル。オレはまだ手探り。いままで林業経験があっても、いち作業員でしかなかったからさ」(陣内)
 陣内さんによると、足立さんは現場作業だけでなく、補助金の申請や事業の組み立てなどの仕事も経験しており、少人数チームで林業を行うために必要なノウハウを身につけている逸材なのだという。道づくりの経験も豊富。学校林の作業は、これまでは足立さんがパワーショベルに乗り、陣内さんが笹を刈ったり木を切ったりするという役割分担だった。
 「今回、初めてチェンジしてみたんだよね。アダッチにオレに道をつくらせてよって」(陣内)
 仕事の役割を変えようと思ったきっかけは、新しい展開をそろそろ考えていきたいという想いからだったという。これまでは黙々と道づくりや間伐をしてきたが、ヤマとヤマ仕事の本質と魅力を発信していく必要性を感じるようになった。そしていま、興味のある人を森に案内するワークショップを行ったり、整備に協力してもらう機会を増やす取り組みを始めている。
 「次世代林業のいいモデルケースになると思っています。まとまった面積があり、なぜこの木を残し、このような道をつけているのかというコンセプトがしっかりしていますから」(足立)
 ときには作業の手を休め丸1日かけて話し合うことも。
 「話すことはたくさんあるけど、あくまでディテール。陣内さんが見ている先は、オレが見ている先でもある。イメージは最初から合致しています」(足立)
 年の差は15歳以上。けれども森づくりという何十年、何百年先を見据える仕事においては、世代のギャップはなきに等しいものなのかもしれない。
 「ときどき『こうしないと作業が進まないじゃないですか!』とアダッチに怒られることもあるけど、『あっ、ごめん~』とか言ってます。オレには効率という文字が頭にないからね」(陣内)
 森に裸足で入ることもある野生児のような陣内さん。道づくりの美学を突き詰め、哲学者のような言葉を語る足立さん。太陽と月のように対照的であるからこそ、豊かな森づくりをともに目指すことができるのかもしれない。


左:足立成亮
1982年札幌生まれ。大学在学中から札幌で写真作品制作などの活動をした後、2009年滝上町へ移住。森林調査・森林作業を行う企業にて山仕事の修行を始める。2012年旭川市にて独立、outwoodsと名乗る。山奥の林業から薪の販売、里山アクティビティまで多彩な活動を展開。2016年冬、故郷の札幌に本拠地を戻し、キコリとして活動中。THE KNOT SAPPOROにあるギャラリー「KADO」で森をテーマにした展示に参加。

outwoods Facebook

右:陣内雄
1966年札幌生まれ。東京芸術大学建築科卒。設計事務所勤務後、1993年下川町森林組合で働きつつ、音楽活動も行い1999年にCD「北の国へゆこう」を発売。2000年より森林組合でエッセンシャルオイルの新規事業立ち上げ。2006年旭川でNPO法人もりねっと北海道を設立、代表を務める。2015年フリーで林業や森の空間づくりを行う。2019年「キコリビルダーズ」の活動開始。

Takeshi Jinnouchi web site