THE KNOT SAPPORO Magazine -Issue 01-1

Sep 22, 2020

THE KNOT SAPPORO Magazine -Issue 01-1

Mountain is

ヤマに導かれ、ヤマを仕事のフィールドとする。
足立成亮と陣内雄は、フリーランスのキコリ。
いま2人は札幌にあるヤマで、黙々と道をつくり続けている。
ヤマと人とをつなぎ、互いの境界をつくり出すのが道。
この道をキーワードとして、彼らがヤマに向ける眼差しに迫る


Text by Michiko Kurushima
Photo by Ikuya Sasaki

001 Interview


outwoods
SHIGEAKI ADACHI

道があれば手も目も感覚もとどく

 春ゼミの鳴き声と機械音が響いている。パワーショベルで土を掘り返し、それを道幅に敷いていく。足立成亮さんは、約7年間、このヤマに道をつくり続けている。
 ガリガリガリ。突然、パワーショベルのバケットが激しく音を立てた。道の傍に伸びていた太い根が切断されたのだ。足立さんの顔がこわばり、次の瞬間、座席から身を乗り出し、空を見上げた。わずか数秒の出来事。また静かな表情に戻り作業は再開された。
 「根を傷つけるのは、まるで動物の足を思いっきり踏みつけたような感じですよね。木がどんな『痛がり方』をしているのかなと上を見ていました。根をいじめると木が揺れるんですよ」
 作業後に問いかけると、そんな答えが返ってきた。
 足立さんは、outwoodsという名で、フリーランスのキコリとして活動を続けている。キコリといっても木を切るだけが仕事ではなく、いま「森林作業道」と呼ばれる道づくりに取り組んでいる。
 ヤマに道があれば、間伐した木を運び出せる。山菜採りやトレッキングを楽しみたいという人も利用できる。道によって人の目がとどき、ヤマと関わる重要な一歩が生まれる。一般的な「森林作業道」は、大きな機械を通すために、幅広く直線的につくられるが、足立さんの考えは違っている。綿密に地形や環境条件を調査し、管理のしやすさを考慮したうえで、最終的には“木”と相談するのだそうだ。
 「この木はあと300年ここにいてほしいとか、この木はそれほど長くは立っていられないだろうから伐らせてもらおうとか。森のキャラクターを生み出せる存在を残すようにしていきます。キャスティングのような感覚ですね」
 取材の日、足立さんは、相棒である陣内雄さんとともに、札幌南高等学校林で仕事をしていた。南高等学校がこのヤマを取得したのは明治44年。以来、環境学習の場として活用されてきた。10年以上前に、この高校のOBである陣内さんらが整備に乗り出し、やがて足立さんも関わるようになった。敷地となる120ヘクタールのどのエリアにもアクセスできるようにと、これまでつくった道の長さは約10キロ。完成までにはあと10年かかるのではないかという。
 車で道を案内してもらった。軽トラがギリギリ通れるくらいの幅。大きな木を迂回するようにいくつものカーブが連なっている。
 「振り返って美しい道がつくりたいんですよね」
 車を止めて足立さんはつぶやいた。つまりそれは、環境が守られていることの証だという。道はヤマとの境界。人間の都合が優先されるのが道、それ以外がヤマという考えを持っている。
 「道がなければ森づくりのアイデアやコンセプトをみんなと共有できません。道ができてはじめて多くの人がどんな森だったのかに気づくことができる。この美しい景色を変えないで、ヤマに干渉できたら、それが理想です」

” I WANT TO LOOK BACK AND THINK WHAT A BEAUTIFUL ROAD I HAVE MADE “

“振り返って美しい道がつくりたい”

まちに降り立ち、またヤマへ

 足立さんには1年前にも取材したことがある。話を聞いて、ヤマと木こりに対するイメージがガラリと変わった。コンセプトのある森づくりを考え、誰もが理解しやすい言葉でその魅力を語り、ときに詩のようなフレーズも飛び出してくる。活動も多彩。森の中に鳥の目のようになれるツリーテラスをつくったり、まちに出て展覧会やイベントをしたり。執筆も行っており、一般に馴染みの薄い林業という世界に、多くの人々が近づく道筋をつけようとしてきた。ただ、最初の取材でピンとこなかった部分があった。野心的な活動の一方で、ヤマに向かう原動力がわからず、どこか冷たく静かな心を感じたからだ。
 「確かに情熱はあるんですが、森という想像を超えた存在を相手に仕事をするわけなので、テンションがあがるとか、ヤマが好きというのはまずなしにしたいと思っています。ちょっと間違えばすぐにケガをするし、僕らの仕事で命を落とす動物もいるわけですから。ただ、道北にいた頃は、もっと素朴でピュアな顔をしていたかもしれません」
 視線を落としてそう語った。2009年、札幌から道北・滝上町に移住し、足立さんは林業に関わるようになった。田舎暮らしはとてもシンプルで、のめり込んで仕事をしていたという。その後旭川で独立し、2016年に再び拠点を札幌にも置くようになった。
 「徐々に札幌に戻りながらキコリを続けられたらいいなと考えていて、その夢が叶ってしまったんです。道づくりも一通りできるようになって、ちょっと満足してしまって。夢を見ることで先に向かうエネルギーを得ていたので、去年は“なまら”辛かった。パワーショベルに乗ってもくもくと土を移動させていたら自分と向き合う時間が長過ぎて、わけのわからない思考が止まらなくなって。もう、道がつくれないかもしれないと思った日もありました」
 それから1年。迷いは終ったという。同じ志を持ってヤマに向かう仲間が増え、人々の関心の高まりも感じられ張り合いが出たことが理由と語る。では、これからどんな夢を抱いて進んでいこうとしているのだろうか?
 「一周したので、今度はより深くヤマに入り直すことですかね。いま道北に戻りたくてしょうがない。キレイな空気と青過ぎる雪。あそこに身を置いていたい。ないものねだりを追い続けていけばいいのかなって思うこともあるんですよね。性格がノマドなのか……。いまは、わからないです」
 日中から現場に密着し、取材を終えたのは夜9時だった。足立さんがヤマに向かう理由にわたしは近づくことができたのだろうか。帰路につきながら、彼が最後に語った森の話を思い返していた。
 「テリトリーに入った瞬間、物寂しい森の空気を感じ、帰るときは、足を引き留めるような強い思念に似たモノを感じ、しばらくその森から出ることができなかった」
 自分のヤマを持ちたいと探していたときに出会った小さな森での出来事。不思議な体験ではあるが、森の個性を強く実感するものだったという。
 「森を大きな脳みそのように感じることがあります。根にはネットワークがあって伝達も行われていて、まるでニューロンのようですよね。そこには意思があるような気がしてならないんです」
 もしかしたら、ヤマに向かう理由はここにあるのかもしれない。大地から発せられる木々の声に導かれるようにヤマに向かっているのではないか? 足立さんの目に映るヤマの景色には、わたしたちには捉えられない、光や音、匂いや感触があるのかもしれない。
 取材をさらに続けていけば、彼の眼差しの深奥に触れることができるのだろうか? 季節が変わるころ、またヤマを訪ねてみたいと思った。

” SOMETIMES I THINK FORESTS ARE LIKE A BIG BRAIN “

“森を大きな脳みそのように感じることがある”


足立成亮

1982年札幌生まれ。大学在学中から札幌で写真作品制作などの活動をした後、2009年滝上町へ移住。森林調査・森林作業を行う企業にて山仕事の修行を始める。2012年旭川市にて独立、outwoodsと名乗る。山奥の林業から薪の販売、里山アクティビティまで多彩な活動を展開。2016年冬、故郷の札幌に本拠地を戻し、キコリとして活動中。THE KNOT SAPPOROにあるギャラリー「KADO」で森をテーマにした展示に参加。

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